マルチパラメータレーダ(MPレーダ)について

気象レーダはパラボラアンテナなどからマイクロ波と呼ばれる電波を大気中に発射し,降水により散乱されて戻ってきた電波を観測することにより降水の特徴(雨の強さ,移動速度など)を調べる観測器です.このページではマルチパラメータレーダ(MPレーダ)がどのように降雨強度を観測するかについて説明します.

従来の降雨強度推定手法

従来の気象レーダでは,散乱されて戻ってきた電波の強さ(受信電力)から雨の強さを推定します.大気中に雨粒が多く存在するほど,受信電力は大きくなります.しかし,同じ強さの雨でも,その雨の粒径分布が異なると受信電力は大きく変化することが知られています.たとえば,同じ強さの雨でも大きな雨滴が多く存在する場合は,小さな雨滴が多く存在する場合にくらべて受信電力は大きくなります.このことが降雨強度推定において大きな誤差要因となります.

そのため,この方法を用いて雨の分布を精度よく求めるためには,地上に設置した雨量計の観測値を用いて,レーダによる推定降雨強度を補正する必要があります.しかし,雨量計の観測地を用いた補正には数分程度の時間がかかること,また,雨量計の設置間隔はレーダ観測の解像度(数百メートル程度)よりもはるかに粗いため,正しく補正できない場合があるなどの欠点があります.

MPレーダ

MPレーダでは水平偏波(電場が水平方向に振動する電波)と垂直偏波(電場が垂直方向に振動する電波)の2種類の電波を同時に送信・受信できるレーダです.そのため,MPレーダは二重偏波レーダとも呼ばれます.従来の気象レーダでは水平偏波のみを用いて観測を行っていました.

二重偏波

落下する雨滴の形状

大気中を落下する雨滴は空気抵抗の影響を受けて,上下方向につぶれた形をしています.このつぶれ具合は大きな雨滴ほど大きくなり,あんパンや鏡餅のような形になります.

落下する雨滴の形状

大気中の雨滴はこのようなつぶれた形をしているため,水平偏波での観測と垂直偏波での観測に差が生じます.たとえば,大きな雨粒の多い雨の場合,水平偏波の受信電力の方が垂直偏波の受信電力に比べて大きくなります.

このように,MPレーダは,雨滴が大きくなるほどつぶれるという性質を利用して,雨の粒径分布に関する情報を観測することができます.

偏波間位相差

電波が降雨中を通過するとき,その伝搬速度は降雨のない大気中を通過する場合に比べてわずかに遅くなります.この場合も受信電力と同じように,水平偏波の方が垂直偏波に比べてその伝搬速度は遅くなります.そして,この遅れは大きな雨粒が多く含まれる強い雨ほど大きくなります.MPレーダでは水平偏波と垂直偏波の遅れの差を電波の位相差(偏波間位相差)として検出することができます.

降雨中の偏波間位相差はレーダからの距離が遠くなるほど積算されて大きな値となります.この偏波間位相差の距離に関する微分(つまり単位距離あたりの偏波間位相差)を計算すると,その値の大きな場所に強い雨が存在することがわかります.実は,この単位距離あたりの偏波間位相差を用いた方が,従来から用いられてきた電波の強さを用いる方法よりも精度よく降雨強度を推定することができます.

Z-R関係とKDP-R関係

波長による違い

気象レーダでは,Sバンド(約10 cm)・Cバンド(約5 cm)Xバンド(波長3 cm)の波長の電波がよく使用されます.日本では,Cバンドは気象庁などの現業用気象レーダで使用され,Xバンドは大学や研究機関の実験試験用レーダで用いられてきました.Xバンド気象レーダでは,降雨減衰(強い降雨により電波が消散する現象)が他の波長に比べて甚大なため,強い降雨の後ろ側で観測不能となることがまれに発生します.そのため,Xバンド気象レーダは降雨の定量観測には適さないとされてきました.しかし,MPレーダの偏波間位相差はXバンドのほうが弱〜中程度の雨でも敏感に反応します.つまり,電波が完全に消散して観測不能にならない限り,XバンドMPレーダは高精度な降雨強度推定ができます.このことが,降雨強度推定におけるXバンド気象レーダの評価を一転させました.

また,Xバンド気象レーダは,降雨減衰の影響もあり,一般的にその観測半径は他の波長の気象レーダに比べて短い傾向にあります.しかし,Xバンド気象レーダは他の波長に比べてアンテナ直径を小さくすることが可能であるため,1台あたりの設置コストを安くすることができます.これは複数のレーダを設置し,レーダのネットワークを構築することに有利です.レーダネットワークを構築すれば,降雨減衰による観測不能な領域を別のレーダでカバーすることも可能になります.

波長別に見た気象レーダの特性

まとめ